
あの日、ジャズ喫茶で
聴いた音を探して。
1960年代のジャズ喫茶で聴いた音を、半世紀以上追い続けてきたCollector’s House Tokyo 田中俊英の物語。
音楽が、そこにいた。
1960年代。まだレコードが、音楽を聴くための特別な時間だった頃。街の片隅には、ジャズ喫茶がありました。
重い扉を開けると、薄暗い店内。煙草の煙。珈琲の香り。そして、その奥には大きなスピーカーが鎮座していました。
針がレコードに降りる。しばらくすると、暗闇の向こうからサックスが現れる。太く、乾いていて、少し荒々しい。ドラムが弾ける。ベースの弦が震える。
それは「いい音」という言葉では、少し違いました。
音楽が、そこにいたのです。
五十代。もう一度、あの世界へ。
長い年月が流れ、50代になったある日。私は思い出したように、もう一度オーディオを始めました。
インターネットとオークションの登場によって、若い頃には夢だったMarantz、McIntosh、Mark Levinsonが目の前に現れるようになりました。憧れていたものを次々と手に入れました。
ところが、不思議なことが起きました。
あの音がしない。
音は綺麗です。レンジも広い。細かな音まで聞こえる。けれど、ジャズ喫茶の椅子に座っていた私を一瞬で黙らせた、あの音が出てこない。
Preamplifier.
スピーカーを替え、パワーアンプを替え、カートリッジを替える。その中で、次第に一つの存在が大きく浮かび上がってきました。プリアンプです。
音の太さ。温度。スピード。人間の声。楽器の質感。そして何より、音楽が生きているかどうか。
最後に残った一台が、Marantz 7でした。
Thirty Marantz 7s.
一台、また一台。もっといいものがあるのではないか。次こそ、あの音がするのではないか。そう思って探し続け、気がつけば30台を超えていました。
同じMarantz 7なのに、音が違う。その理由を一台ずつ確かめる中で、回路図には描かれていない「音」があることを知りました。
そして今、私はMarantz 7を保存するだけではなく、2026年を生きる自分たちのための一台を仕立てようとしています。
世界最高でなくてもいい。最新でなくてもいい。
「ああ、これだ。俺はこの音が聴きたかったんだ」
そう思える一台があればいい。